2013年10月27日日曜日

叙景

 小さな鳥は無機質で透明な死へと飛び込んだ。

 曇天は重い。今にも雨が溢れだしそうな午前の大学構内で、小鳥の最期の声を聞いたのは私だけだった。いつのも明朗な歌声からは信じられない、ただ窓ガラスにぶつかったときに自然に漏れたような声だった。「命は何よりも重い」。その命を持った生き物が、そこそこの速度をもって窓ガラスにぶつかっても、窓ガラスはびくともしない。私が小石を拾って投げ付ければ、小鳥の死は軽々と砕け落ちるだろう。間違っているのは命を語るその命題か、それとも物理法則か。
 小鳥の死骸は、そのうつくしい白い腹を天へ向けている。もう羽ばたかない、もう歌わない、もう動かない。広がった翼も、最期の声を絞り出した嘴も、小枝みたいな脚も。ゆっくりと揺れる陽だまりに合わせて、抜け落ちた羽は踊るように飛んでいった。
 死臭も何もない。香るのはただ金木犀の甘い秋だけ。悲しみも何もない。意識に立ち上るのは脳を覆うゆるやかな眠気だけ。私の視界のうちにはもはや小鳥の姿はなく、足も止まることをやめた。自然と体は前へと進んでゆく。歩き始めると、踵に死んだ小鳥の視線を感じた。死んだものはその開いた瞳で何を見つめているのだろうか。

 日は暮れ落ちた。細かくて柔い雨が足元を濡らす。文学部棟の研究室から漏れる光が、小鳥の死の跡地を淡く照らしていた。そこにはもはや何ものもいない。濡れた地面がぬるぬると光をうけている。くすんだ落ち葉は小鳥への献花なのか。優しい雨音だけがする。落ちた銀杏の匂いが不快だった。

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