2013年10月29日火曜日

剥落

 点描画という画法をご存知だろうか。
 細かい点を画用紙の上にたくさんつくり、それをもって絵を完成させるというものだ。私が初めて点描画という画法を出会ったのは小学生のころだった。一年生だか二年生だか、そのときの教師は非常に厳しく、私たちが提出する絵は点描画以外は一切認めなかった。その教師がなぜ点描画しか認めなかったのは、今となっては定かではないが、筆を自由に動かして思いのままに描こうものなら拳骨さえ飛んできそうな勢いであった。その当時の私は、言ってしまえば非常に大雑把で落ち着きのない類の人間であったし、絵を描くにしても、技巧を凝らすなどといった言葉など欠片も知らず、ただ線を引いて色をつければよいのだろう、それが絵というものだろう。そう考えていたのだ。そのため点描画など面倒な画法などやる気にもなれなかった。絵を描く授業などなくなればいいとさえ思ったこともある。
 ところが十年という月日は非常に長いものなのだ。少なくとも、人間の性向が反転するには十分すぎるほどに長い。なにを間違えたのか、私は高校で美術部に入部した。そして間違えていたのは私だけではなかったらしい。私の描いた絵がそこそこのコンクールで最も芸術的に秀でている絵だとされてしまった。そうなるとまた親も間違い出す。私をして芸術大学に入らしめんとしたのだ。それも、我が国において最も芸術分野で名声のあるあの大学である。あの大雑把の落ち着き知らずの男が、芸術である。芋の色さえ満足に調合出来ないあの男が、絵画である。小学生の頃、何事ももっと丁寧に出来んのかと怒鳴りつけた父も、芸術性の欠片もないと同級生の親に語っていた母も、今は何が起こったのか。我が家の自慢の息子だ、と。小さい頃から独特の才能を持った絵を、と。何から何まで間違ったことを言う。愉快なほどまでに、誰もが間違う。
 大学の入試でも絵を描いた。私はその場で描いた絵を自ら評価して、美術に関心のある小学生のほうが幾分上手く描けるだろうと思った。ところが試験官も間違った人たちだったのだ。そうでなければ能なしだ。その絵を見て、素晴らしいだの、何十年に一人の逸材だの。好き勝手言い始めたのだ。お陰で私は大学に合格した。それも最高の成績だったらしい。私を見て、大学の人は天才だのなんだの。高名な芸術家の生まれ変わりとさえ言うものもいた。それでも私の描く絵は、私にとって上手いともなんとも思わない。私は街中の落書きのほうがよっぽど上手だと思っていた。

 世の中間違いだらけだ。三十にもなった男の絵をありがたがって高い値で買ってゆく。おかげで私は不自由なく暮らすことができた。不器用な人間だったから、それ以外の仕事など出来ないだろうと思っていたので、絵を書くだけで食べていけるのはまさに僥倖である。たまにふざけて、小学生のころに描いた芋を思い出しながら描こうとおもった。そこでも私は芋の色の調合に失敗した。キャンバスには何だかわからない色をした何だかわからないものが、何だかわからない形をとって現れた。小学生の時よりかは幾分上手いだろうか。懐かしい気持ちになることはできたが、それでもひどい絵を描いたものだと思った。試しに、知り合いの画廊へ、匿名で出してもらうことにした。それなのに、画廊に出した日にはその絵は私のものだと特定され、また高額で物好きの手に渡った。何から何まで間違いだらけの世の中である。

 それでは私もさいごにもう一つ間違えてみることにしよう。いや、私の人生も全て間違いだったのかもしれない。それでも大きな間違いを犯してみようとおもった。今までの絵は全て、言ってしまえば適当に、その場の気分で、ものの数時間で描いたものばかりである。では、今度はじっくりと時間を書けて描いてみよう。そこで、点描画である。小学生の私に、絵画を嫌いになる種を植えつけた点描画である。もっともその種も芽吹かなかったか、あるいは間違った種を植え付けられたのかは定かではない。
 小学生のころの教師の叱言をいまになって思い出す。それに従って描いて行こう。何百時間とさえ使おう。何万点もキャンバスに叩きつけよう。教師の拳骨が飛んできそうな雰囲気の図画工作室が思い出される。小学生に戻った気分である。小学生に戻った私は、嫌々ながら拳骨をおそれ、キャンバスに向かってただ無心に色を帯びた点を打ち続けた。
 途方も無い時間が過ぎたのちに更に途方も無い時間が過ぎ、無限とも思われる数の点を無限とも思われる回数だけ打った。果てしない広さのキャンバスは、各色に名前を付けていては言葉が足りなくなるほどの色で覆い尽くされた。あと一点。私があと一点をキャンバスにつけたら完成である。そう思ってさいごに一つ色を筆にとり、この大きな間違いに打ち付けた。

 私は大きな間違いを犯したのだ。その達成を味わおうとした刹那である。私の間違いを彩る一つ一つの色は、小さな球体をなし、色の洪水のようにキャンバスから溢れていくではないか。虹に触れられたなら、きっとこういうものだろう。そう思った頃にはキャンバスはすでにもとの真っ白な状態であり、アトリエは色の球に埋め尽くされていたのだった。

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